2008年4月14日月曜日

42

ちょうど61年前の4月15日、ジャッキー・ロビンソンが有色人種初のメジャーデビューを果たした。



















その手の文献を読むと、厳密には1800年代にもメジャーリーグでプレーした黒人選手がいたらしいので、この見解には異論を唱えている人もいるらしい。




しかしながらロビンソンが黒人及び、すべての有色人種プレーヤーの為の道を切り開いていったパイオニアである、ということを否定する人はいない。




デビュー当初は、敵チームだけではなく、時には味方チーム、ファン、メディアから、相当な差別、嫌がらせを受けたことは想像に難く無い。それでも報復行為に出ることなく、紳士に勇敢に立ち向かい、やがてその姿が人々の共感を呼ぶことに。




その後幾多のフォローワーを生み、今日のメジャーリーグの発展、国や人種を越えたワールドワイドな認知、人気に繋がっている。



少々雑なまとめではあるが、かくしてロビンソンの功績は計り知れない。



そんな功績を称え、ロビンソンのデビューから50周年(今から11年前)に、ロビンソンの背番号、「42」が全てのMLBのチームで永久欠番に指定された。







現在、現役で背番号42をつけているのは、制定前から活躍していたヤンキースのリベラだけ。確か。




故に、日本に来た助っ人は好んで背番号42を選びたがるなんて話も聞く。アメリカじゃ付けられないから。巨人のクルーンなんかそうなんだろうか。余談だが、我が草野球チームの背番号42を調べてみたら、なんと現在ロースクールに通うあの先輩。うんちQの後輩に当たる。




でもって昨年の4月15日にはロビンソンのメジャーデビュー60周年を記念して、当日限定であらゆる選手が有志で背番号42をつけてプレーした。発起人はケン・グリフィーJrだったらしいが、ボンズやジーター(ジーターは白人と黒人のハーフである)なんかも賛同し、その輪が広がったそうだ。












LAドジャースやカージナルスなんかは肌の色や人種を問わず、チーム全員が背番号42でプレーしたが、本件については日本でも少なからず報道はあったと記憶している。ドジャースは明日もブルックリン時代のユニフォームに42番をつけてプレーするとか、来場したキッズに42番のユニフォームをギブアウェイするような企画を練っているらしい。













かくしてグリフィーやドジャースのように、影響力のある選手やチームを中心に、メジャー全体がもう一度ロビンソンの功績を称えよう、という風潮が”近年になって”特に高まっている。



何故か?




実は「黒人の野球離れ」が近年メジャーリーグにとって深刻な問題となっており、その現状を打開するキッカケにしたいのではとの見方もある。(”黒人”といっても厳密に言うと”アフリカン・アメリカン”といったほうが的確である。)





そのあたりのハナシはまだ次回。。。

2 件のコメント:

  1. それは、オレンジカウンティと書いてあるTシャツを着ている白E先輩ですか。。。

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  2. はい。5月にヤンキース戦を見にに行くと先日電話がありましたよ。

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