2008年3月27日木曜日

雑談

デカにとっては目まぐるしい数日間だった。



塾高まさかの初戦敗退。



何度も得点圏にランナーを進めたが、あと一本が出ず。戦前は女子部員の存在ばかり目立った華陵だが、ピンチでの粘りは驚異的だった。



華陵にとって5回2アウトからの捕殺はハイライトだったか。刺したライトの西山君は公式戦で始めて捕殺したらしい。この大舞台で勝負強し。



尚、送球を受けたキャッチャーの森川君は中学時代からの後輩で、かつてはバッテリーを組んでいたそうだ。ランナーと激突して、吹っ飛ばされてもボールを決して離さなかったのは2人の絆があってのものだったのか・・・



いずれにしろ、夏を楽しみに待とう。



しかしそれまでウンチQは大阪にいるのだろうか?



負けた日の夜は失意のまま、竹ノ内君とレッドソックスvsA’sの2戦目を観戦。しかし、いまいちパッとしない試合展開にモヤモヤ。



東京ドームからの帰り道で、大阪からセンバツ観戦帰りのお坂東さんと先生と合流。4人で即席の残念会を開催。しかしみんな野球に詳しい。デカが知らない話が飛び交う飛び交う。



ここでお坂東さんから指摘のあった松井カズオの負傷ネタについて。現在カズオは「でん部を負傷し、故障者リスト入り」となっているが、原因は切れ痔らしい。
















お坂東さんの話は本当か嘘かわからないことが多いのだが、今回は本当だった。



この記事を見て欲しい。赤裸々に”he recovers from a surgical procedure to repair an anal fissure. ”と綴られている。


repair an anal fissure だから、ア○ルの亀裂をリペアーすると明確に記載されている。



アメリカの報道はココまでリアルに書いているのに、なぜ日本の報道機関は「でん部の負傷」とお茶を濁しているのだろう。そして何故その手術を開幕前のこの時期に、しなければならないのか。キャンプ前にはできなかったのか?謎が謎を呼ぶNewsである。



そんな話をしながら家路につくと、桑田引退のNews。朝起きると松井結婚のNews。昼にはセンバツ優勝候補の横浜が北大津高校に完敗と、話題に事欠かない数日間だった。



そういえば北大津高校は高校時代、練習試合しましたね。当時名うての速球投手がいて、確か松坂対策で上田監督が対戦を申し込んだという記憶が。



そういえば上田さんはセンバツでフランコーナみたいなフリースを着用していた。



ああいうところは昔から抜かり無いんだよな。

2008年3月25日火曜日

日米野球の架け橋

今日はシーファー駐日大使が、自らの公邸で主催するMLB歓迎パーティーに潜入成功した。















       ゲストはレッドソックス、A’sの監督・選手を始め、パド・セリグ、日米の政治家、何故か軍人までがズラリと揃った豪華なメンツ。

これは公邸内に持ち込まれたレッドソックスのチャンピオン・トロフィー。
















さて、度々メディアでも報じられる程、大の野球好きで知られるシーファーだが、それもそのはず、同氏は長年テキサス・レンジャースの球団社長を務めていた。

















先日も少し触れたが、当時のレンジャースのオーナーはジョージ・W・ブッシュ。同郷であるシーファーとブッシュの蜜月はコレ以降、公私共に続いている。だからこそブッシュは駐日大使という重要なポストに盟友であるシーファーを指名しているのだが。


テキサスのハナシは先日一段落したはずだったが、思わぬところで繋がってしまった。


さて、デカにとっては余りにも場違いなパーティーが続いていく中、公邸内で一つの古ぼけたグラブを発見した。
















何でも1930年代に行われた日米野球で、来日したルー・ゲーリックが使用したものらしい。ゲーリックは来日する途中でこともあろうにグラブを紛失したそうな。でもって当時ミズノ社が困っているゲーリックにそのグラブを届けたらしい。



以降クーパーズタウンの野球博物館にヒッソリと保管されていたそのグラブを、シーファーが発見し、これは日米の友好を体現した素晴らしい一品だっ!というワケで、再びミズノに修理を依頼、復元後自らの公邸に引き取ったらしい。



修理を担当したのは世界のミズノが誇る、グラブマイスターこと坪田義信氏。長年イチローや松井のグラブを手がけてきた名工。











日米野球と名プレイヤー達の歴史が1人の職人の手によって紡がれて行く・・・なんて感慨にふけりながら、そそくさと会場を後にしたのである。

2008年3月24日月曜日

至福の街

チームにも球場にも特に見所が無く、アクセスまで悪いと、中々良いところが無いテキサス・レンジャースとアーリントンの街だが、一個だけ気になるプロジェクトが進行中である。


Glory Park 。。。直訳すると至福の街とでも言うべきか。



なんでも、球場の周りの広大な土地はレンジャースのオーナーであるヒックス氏の持ち物らしく、ここに一つの街を作ってしまおうという一大プロジェクトが現在進行中なのである。



レンジャース・ボールパークを初め、ホテル、マンション、レストラン、映画館、ショッピングモール、オフィス、などをゼロから作り、ダラス・カウボーイズの新スタジアムも併設される予定。














さらに絶叫マシーンばかり集めた遊園地、Six Flagsが隣接した土地に構えられ、まさにスポーツ、エンターテインメントと衣食住が共存する街が完成するというワケ。













ちなみにこれは現在のSix Flagsの外観。同系列のMagic Mountain@LAは日本人観光客にも有名。















早くて今年の秋には、テキサスの片田舎に真新しい街が突如出現する予定なのである。皆さんも是非機会があれば訪れて頂きたい。



あまりオチの無い結末になってしまったが、とりあえずリバプールFCの買収騒動から続いた取り留めの無いハナシはひとまず終了。



明後日は竹之内君に誘われてボストンvsA'sを観戦予定だ。Thanks!

2008年3月19日水曜日

荒野の要塞

リバプールから、テキサスへ、今日はテキサスレンジャースの本拠地レンジャース・ボールパーク・イン・アーリントン(以下レンジャース・ボールパーク)について話をしよう。



かつてはアメリクエスト・フィールド・イン・アーリントンという名前だったが、アメリクエスト社の業績不振によりネーミングライツが解除され、現在の呼び名に落ち着いている。


ここも90年代に突如始まった新球場建設ブームに乗っかり作られた新しい球場。

以前詳しく説明した典型的なネオクラシック主義(古き良き時代のボールパークの面影を残しつつ、最新鋭の設備を搭載した球場を作ろうというコンセプト)だが、意外にもあのカリスマ設計事務所HOKの作品ではない。HKSという地元ダラスベースの設計事務所による作品。



















90年代以降に建設された10以上の新球場で、HOKの作品ではないのは恐らくココとセーフコ・フィールドくらい。とはいっても随所に当時の流行(ネオクラシック主義)が取り入れられている。




左右非対称の外野フェンス。フェンウェイ・パークを模したような”敢えて”手動式のスコアボード。ライトの屋根付スタンドも旧タイガー・スタジアムを模したと思しきレトロな作り。また、ホームランポールも旧スタジアムから受け継がれたものを使用しているらしい












とは言うものの、外野スタンドが高いこと、センターの白い建物(中は球団事務所と一般の賃貸オフィス)によって妙に圧迫感があり、開放感が無い。360°高い壁に囲まれているような気がする。キレイな球場であるには間違いないのだが、そこが残念。











球場の周りにはビックリするくらいホント何も無く、公共交通機関すら通ってない。だだっ広い荒野にポツンと、まるで要塞のような重厚な作りの球場が。そんな感じである。














試合終了後、球場の周りでタクシーを拾うのも一苦労。歩けど歩けどレストランやカフェなんかも見つからないので、ここアーリントンではレンタカーがマストアイテムだと気づいたのはようやくその頃。



という訳であまり観戦にはお薦めしないが、球場内に併設されているレンジャース野球博物館は必見。地元テキサスが生んだ稀代の剛速球投手ノーラン・ライアンなどのレジェンドに混じって、まだ現役のイバン・ロドリゲスやA-Rodのアイテムも。気が早すぎる。
















ちなみにサミー・ソーサは2006年、レンジャース在籍中に600号HRを放ったのだが、そのコーナーがこちら。















                              何故か記念式典では当時チームメイトだった大塚晶則がやたらフィーチャーされていたようだが、実はソーサの放った600号HRをたまたま当時ブルペンにいた大塚がキャッチしたらしい。


















ちなみにソーサ600号記念のバットを良く見ると、ケニー・ロフトンの名前が。これまた当時チームメートだったロフトンに借りたバットで打ったらしい。



そんなしょうもないトリビアを見つける度に、あぁ野球刑事をやっていて良かった、なんて思いに浸るのである。


テキサス・アーリントンのハナシはまた次回、もう少しだけ続く。。。

2008年3月17日月曜日

ヒックスさんの野望

先週、一つのニュースが目に留まった。


「リバプール買収交渉打ち切り」


イングランド・プレミアリーグの名門リバプールFCの現オーナー陣はアメリカ人大富豪のジョージ・ジレットとトム・ヒックスのコンビ。彼らが進めていたチーム売却交渉がいったん白紙になったというニュースである。ちなみにヒックス氏はメジャーリーグのテキサス・レンジャースのオーナーでもある。


そもそもこの人、テキサスはダラスをベースとする投資家・不動産王なのだが、もともと地元のテキサス・レンジャース(MLB)、ダラス・スターズ(NHL)を保有し、さらに昨年イングランド・プレミアリーグの名門、リバプールFCを手に入れた。

















アブラモビッチのチェルシー買収に始まり、マンUしかり、現在プレミアリーグは外国資本の参入により未曾有のバブルを迎えているといわれている。まあ、簡単に言えば、資本の投下→採算度外視の補強→スター選手の集結→注目度が上がる→放映権料の高騰→チーム・リーグが潤う。ってな具合に。


ヒックス氏の場合、確かに地元チームのオーナーシップと、リバプールのオーナーシップでは目的が異なるハズ。端的に言えば、リバプールは単なる投資目的であると。


事実、報道によれば、昨年のヒックス氏のリバプール買収額は約520億円、今回の(再)買収騒動で、これまたドバイの政府系投資会社から約840億円でのオファーがあったそうな。


たった1年で320億円の儲け。金が金を呼ぶ…


しかし彼はそのオファーを蹴った。


これはチーム買収以来、関係が悪いとされているファンへのアピールなのか(リバプール買収が短期的な投資目的ではなかったんだというエクスキューズとして)、はたまた今後もっともっと高く売れると踏んでるのか、真意は分からんが。


多分後者だろうな。


アメリカ人が単なる金儲けのために伝統あるオラがチームを買収したとなると、地元ファンの反発も理解できるが、一方で恩恵も授かっていることをお伝えしたい。


そう、リバプール念願の新スタジアム建設だ。


これは2011年から2012年のシーズンを目標に現在進行中のプロジェクトだが、長年資金難によって実現されなかったリバプール新スタジアム建設は、ヒックス氏の買収を機に資金的なメドが立ち、ようやく具体的に動き出すことが出来た。




















ため息が出るほどスタイリッシュな外観。



手がけるのはリバプールの案件にも関わらず、ダラスの設計事務所HKS。(名前が似ているが、以前紹介したHOKではない。)
もちろんココはヒックスファミリーのテキサス・レンジャースの本拠地、レンジャース・ボールパーク・イン・アーリントンも手掛けている。



その辺りの話しはまた次回。



続く。。。