2009年11月15日日曜日

ユニフォームの歴史は野球の歴史 (ストッキング編)

野球のユニフォーム姿を完成させるには、実に様々なアイテムが必要である。                                                                                    





アンダーシャツを着て、上着のユニフォームを着て、ズボンを穿いて、ベルトを締めて、キャップを被る。




んで、ストッキング。




アンダーストッキングを穿き、さらにアーチ型のストッキングをその上からはく。




皆さんも疑問に思ったことが一度はあるだろう。




なんで靴下を2枚も重ねてはかなきゃならないのかと。。。                                                                                          






2枚重ねではいたストッキングはプレー中にはズルズル下がってきたりして気になるもんだから、マジックテープや、テーピングで縛って、落ちないように工夫もしたものだ。




しかし、、、野球とそのユニフォームの歴史を語る上で、この地味で目立たない「ストッキング」というアイテムが欠かせないのである。




今回はこの辺のハナシをしていきたい。




野球が誕生して間もないころ、ニッカポッカ姿でプレーに興じていた人たちは、次第にチームを作り、対戦相手を求めるようになっていった。




その当時の野球チームの名称は、やたら「○○○(地名)+ストッキングス」というものが目立つ。




全米最古のプロ野球チームと言われている、シンシナティ・レッドストッキングスをはじめ、その後もシカゴ・ホワイトストッキングスや、セントルイス・ブラウンストッキングス、ボストン・レッドストッキングス、等々、、、




おなじみの、シカゴ・ホワイトソックスや、ボストン・レッドソックスは、この起源から現在までチーム名の名残が残る。(”ストッキングス”が長いから”ソックス”に略しただけ。)




ちなみに現在のシンシナティ・レッズのRedsも”レッドストッキングス”の略であり、こちらも隠れたもう一つの赤靴下球団なのである。(シンシナティのオリジナルメンバーがボストンに移住し、新たにレッドストッキングス、後のレッドソックスを作ったと言われている。)




で、なんで当時、こんなに「ストッキングス」ってチーム名が蔓延してたのかというと、これはきちんと文献を調べたわけではなく、個人的な推測が入ってるのだが、その理由はほぼ間違い無いと思う。




こういうことだ。




まだ当時はユニフォームのデザインのバリエーションが無く、敵味方が分かりにくかったから、一番手っ取り早い方法で、チームの靴下の色を揃えて、判別させやすくしようと思ったのだろう。




だから、赤い靴下、白い靴下、茶色の靴下、青い靴下、等々いろんな色の靴下のチームが誕生したものと思われる。




いわば靴下のカラーバリエーションは、ユニフォームのデザイン進化、および差別化の第一歩と言うことができるのではないだろうか。




しかし、ここで問題が発生した。




当時の染色技術はまだ甘く、汗をかくと、色つきの靴下の染料が落ちて、それが足に付着してしまい不衛生だったそうだ。




そこで、染料が直接足に付かないように、色つき靴下の下に、さらに白いアンダーストッキングをはいたのが、靴下2枚重ね穿きの起源となった。




しかし、ここでまた問題が。




靴下を2枚重ねると、靴(スパイク)がキツくなってしまい、サイズが合わなくなってしまうのだ。当然だが。




そこでつま先とかかと部分を切り取り、アーチ型にして、足裏に引っ掛けて、重ね穿きをするようになったのだ。




これなら、染料が落ちてもアンダーストッキングが保護してくれるし、スパイクのサイズが合わない心配もなくなるから。




結局これがスタンダードとなり、半世紀以上もほぼ変わることなく、このスタイルが定着した。                                                                         






しかし1970年代~80年代にかけて、突如異変が起こる。




ストッキングのアーチの部分がどんどん長くなり、サイドに見えるラインが長ければ長いほど、細ければ細いほどカッコいいというハヤリが生まれた。                                                                                                        





僕が少年野球をやっていた頃(1988-89年くらい)も、どれだけストッキングを伸ばせるか、友達と競ったもんだ。ただ、これは単なる当時の流行であり、特に物理的な意味は無かったようである。




しかし1980年も中盤に差し掛かると、一つのエポックメイキング的な事件が起きる。




当時カージナルスにいた、ジョージ・ヘンドリックという選手が、初めてくるぶしまですっぽり被る(ストッキングが見えないタイプの)、いわゆるロングパンツを初めてメジャーリーグの試合ではいたのだ。




当時はまだ今ほど、ロングパンツが主流のスタイルではなかったが、次第にアレ楽そうじゃね?とか、かっこよくね?見たいな感じで徐々にメジャーリーガーの間で広がっていった。何よりストッキングを重ねばきをする必要がなくなったのは最大のメリットだろう。





それから遅れること10年くらいで、プロ野球でも落合博満が(おそらくはじめて)ロングパンツを取り入れ、日本でも徐々にロングパンツが市民権を得ていった。







確かにデカも今現在続けている草野球の際に、やはり靴下を重ね穿きしなくていいのは、ラク。





いまだに昔の人(ノムさんとか)は「ロングパンツはだらしなくてけしからん」という意見をお持ちの方も多いようだが、染色技術が発達し、汗でストッキングの色が落ちてしまうわけもない今日となっては、別に重ねばきする必要性もなく、ユニフォームのデザイン自体も多様化しているため、無理にパンツを膝までたくし上げて、ストッキングの色でチームを判別する必要も無くなったのだ。。。





あとは個人の趣味志向の問題で、イチローやAロッドのように”オールドスタイル”を貫くのもよし、ハヤリのロングパンツを取り入れるのもよし、思い思いのスタイルでユニフォームの着こなしを楽しめばいいのだと、僕は思う。






スーツに例えるなら、パンツの裾をダブルにするか、シングルにするか、それくらいどうでもいいことだと思う。





ただ、伝統と規律を重んじる学生野球の世界では、いまだにロングパンツはNG、パンツは膝下までたくし上げ、ストッキングをシッカリ見せるスタイルが義務付けられている。





また、慶應大学(およびその付属校)のようにストッキングのデザイン自体に意味を持たせているチームもあり(※注)、こういうのはチームの伝統として、今後もきっちり守っていくべきだと思う。




(※注)慶應は六大学のリーグ戦で全勝優勝すると、ストッキングに白いラインが1本増える。現在は2本だから、全勝優勝を過去2回記録しているという証し(1928年秋と85年秋)。





写真上は最後の早慶戦の時(1945年当時)で、写真下は今年の慶大・中林。1本と2本の違いがお分かりいただけるだろうか。                                                                                                                    




そういえば学生野球のユニフォームと言えば、たとえば早稲田や明治は襟付きのユニフォームを採用しているが、これも大昔、ユニフォームの上着に襟が付いていたものの名残りといえるだろう。                                                                          




それがだんだん小さくなっていき、今の位の大きさに収まったのだろう。





高校野球の名門、常総学園(早稲田派)、水戸商業(明治派)なども、その流れをいまだに汲んでいる。中京大中京が襟付きのユニフォームを捨て、新しいデザインに変更されたときは、涙を流したオールドファンもたくさん居たころだろう。。。





最近では菊池雄星の花巻東も襟付きユニフォームを採用していた(プルオーバー型)。





そういう意味では本来的には襟付きのユニフォームってのも、もともとはフォーマルなもので、新庄がディスられまくった襟付きアンダーシャツも、なんら否定されるものではなかったのだ。歴史的背景を学べば。                                                                                                                            






新庄がその事実を知っていたかどうかは別として、時の王監督が、「”襟付き”は青少年の教育に悪影響」という理由で新庄に使用を認めさせなかったのは、僕にとっては半ばジョークのようなエピソードである。




まだまだ終わらん。。。

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